卒業生の声

松村格さん(昭和37年卒)

西塚 直樹 先生へ

アテネ塾から授かった恩恵についてお便りします。

僕は、先代の茂雄先生の教え子で、昭和37年高卒の現在71歳です。6歳年上の兄に続いて小6頃に入塾しました。兄の頃は、養泉寺を間借りた教場でした。僕の頃は、駅西のドレスメーカー校舎の教室を借りた教場でした。

授業は、中学時代にかけて、算数が矢野健太郎著『数の生い立ち』と『図形の生い立ち』および茂雄先生著作の『定理集』による授業、英語は高岡先生著『初級総合英語問題集』の文法的授業と田村先生のリーディング中心の授業、国語が岩波少年少女文庫を教材にした高瀬先生と古文などを教材にした松岡先生の授業でした。

学校の教材にはない新鮮味があって楽しかったですが、どの授業でも、自分で考えることを重視されました。ですから、独自の意見を述べると、答えが正解ではなくても、「おっ! ええこと言うなあ〜」と先生から褒められました。
これがうれしくて、他人とは違ったことを自分で考えることが楽しくなりました。逆に、正答でも理由づけが薄弱だと合格点をもらえませんでした。結果よりもプロセスの「何故か?」の重要性を教えられたのです。この教育の効果は、直接に当時の学校成績には出ず、大学・大学院時代からようやく発揮され始め、やがて職業に活かされてきました。

僕の同期には、早逝した佐藤真功氏、松岡氏、黒田氏、水谷友二氏、西田氏、大川氏、豊田姉妹、紀平女史という面々がいました。1年先輩には、中学時代の僕らに数学授業を臨時担当した渡辺醇氏という秀才もいました。
僕は、中央大学の法学部に進学しました。当時、アテネ塾の財団法人化が必要となり、僕も協力することになりました。この関係で、当時の文部省にいた大先輩の遠山女史の助言を得たり、これまた大先輩の内藤恵介氏から種々の指導を受けました。他方、先輩の故森川重昭氏とも親しい交誼を得ましたし、1学年下の高瀬篤氏・渡辺正氏などとも同輩のごとく交流しました。この頃、今はなきアテネ会館が完成したのです。

その後、僕は、刑法学に興味を抱いて大学院に進学し、「自分で考え、自分の道を切り開け」というアテネ塾精神と茂雄先生の激励とを頼りに、刑法学という社会科学の領域に新風を入れる方法論を模索しました。そして僕は、月旅行の実現を可能にしたアメリカの数理学者ノバート・ウィーナー教授のサイバネティクス理論(情報の伝達と制御の理論・原典はプラトンの統治理論)を端緒に種々のシステム理論を刑法学に導入することを試み、この研究成果をまとめた拙著『刑法学方法論の研究』(440頁)により、母校中央大学から(法学)博士号を授与されましたし、刑法学会の長たる東大の平野教授から「前人未到の業績です」との賛辞を受けました。

最近、人間とロボットが事故を起こしたら誰が法的な刑事責任を負うのかという問題が出て来て、今秋に「ロボット法学会」が設立されるそうですが(本年6/3朝日新聞朝刊)、僕は、すでに昭和57年と昭和61年の論文で、人間とロボットが協働して犯罪を行った場合には人間の単独正犯なのかロボットとの共犯なのかという問題を提起しています。これは、法学(社会科学)と自然科学との学際的な問題です。

昨今の僕は、脳科学と刑事責任および刑罰について研究しています。刑法の世界では、刑罰は刑事責任(=非難)を前提とし、「どうして盗む意思行為をしたのですか」という非難(=責任)は、盗む決意も盗まない決意もできる自由意思を前提とするとされてきました。
ところが、昨今の脳科学は、人間には自由意思(精神・心)などはなく、全て物質である脳が決定していると言うのです。そうすると非難できませんし刑罰を科すことができません。でも、現実には各種の刑罰法規が存在してします。どう解釈すればよいのでしょうか。これが、僕の現在の研究テーマです。

社会科学も、自然科学(脳医学・物理学・生物学)そして哲学(認識論・経験論)や宗教学をも視野に入れなければならないのです。このような学際的な研究は、欧米では当たり前です。留学中に、ミュンヘン大学教授から「サイバネティクスと禅と刑法」について研究発表しないかと言われたことがあります。アテネ塾は、欧米では当たり前の教育を僕の少年時代からしてきているわけです。時代を超えた学際的なものの見方こそアテネ塾の精神だと思います。塾生諸君も、目先の結果よりも本質的な問題を長い目で問い続けてほしいですね。望ましい世界実現のためにも。

プロフィール

1943年

12月台北生

学歴

1962年

四日市高等卒業

1966年

中央大学法学部卒業

1968年

同大学院修士課程法学研究科卒業

1974年

同大学院博士課程満期退学
法学修士・博士(法学)

職歴

1974年

駒澤大学法学部専任講師

1978年

同大学法学部助教授

1986年

同大学法学部教授(2014年定年退職)
工学院大学兼任講師
中央大学法学部兼任講師
駒澤大学大学院担当教授

1997年~

中央大学大学院兼任講師を歴任

1998年

第二東京弁護士会所属弁護士
東京家庭裁判所調停委員(2014年まで)

活動

1979年

ミュンヘン大学在外研究(1年間)

1984年

ミュンヘン大学在外研究(4ケ月)

1986年

ミュンヘン大学在外研究(6ケ月)

1998年

最高裁判所図書館在外研究(1年間)

2006年

駒澤大学図書館長(3年間)

2011年

駒澤大学法学部長(2年間)
日本刑法学会会員
日本法哲学会会員
犯罪と非行に関する全国協議会会員(理事)

主要著書

単著

『刑法学への誘い』
『日本刑法総論教科書』
『刑法学方法論の研究』
『システム思考と刑事法学』

共著

『刑法総論』
『刑法各論』

編著

『法学・憲法』
『法学と憲法学への誘い』

共訳

『正義と平和』ミュンヘン大学教授アルトゥール・カウフマン著
『法システムー法理論へのアプローチ』オスロ大学教授T.エックホフ/N.K.ズンドビー著